ぽこあポケモンをプレイ。エンディングのムービーまで進めた。今は一旦プレイを休んでいる。
遊び始めた頃は、ドラクエビルダーズに似たシステムだなと思っていた。ビルダーズもぽこポケと同じように、その世界の住民のリクエストに応える形で建物やアイテムをクラフトし、それによってメインシナリオが進んでいく。他の大手のサンドボックスゲームと違い、やらなければいけないことが常にゲームから提供されるので、プレイヤーである私は何から手を付ければ良いのか困りにくかった。
ただ、ビルダーズと違い、今作は世界の住民、つまりポケモンたちからのリクエストの規模が小さく、また彼らには好みがあるので、彼らに何を用意してやるか考える必要がある。そこが面白い。
ゼニガメやフシギダネは火が苦手なので、ヒトカゲにリクエストされて用意した焚き火に難色を示す。なのでヒトカゲを少し離れた場所に住まわせてやる。しかし焚き火は雨が降ると消えてしまうので、じゃあ東屋のような屋根を用意してやるか、それとも洞窟を作ってそこに住まわせるか、住ませる場合他の家具をどうするか……ポケモン1匹ごとに微妙に趣味が違うので、どこにどのように住ませるかを考えるとかなり時間がかかる。そこにプレイヤーである私の趣味もかけ合わせると、プレイ時間はどんどんと嵩む。久々に一日中同じゲームをプレイしてしまった。
また、ポケモンたちの個性も豊かだ。性格や趣味嗜好が違うのは当然のことで、プレイヤーキャラクターであるメタモンに語ってくる内容も多岐にわたっており、彼ら他のポケモンたち同士会話し交友を深めていく様を見ていると、つい笑顔になってしまう。オノンドやオノノクスのような進化前進化後の関係性であっても、食べ物の好みが違ったりする。その違いをポケモン図鑑で眺めるのも楽しかった。
ポケモンたち同士の会話と言えば、特定のポケモンたち同士の特別な会話もあるようだった。例えばコロボーシとディグダは音楽について語り合っており、彼らの仲睦まじい姿を見てしまった私は、彼らの住処をできるだけ近くになるよう引っ越させてしまった。
あとはそうだな、作中の街の景観が私の好みだった。今作では過去に起きた異常気象の影響で地盤が大きくズレてしまい建物が歪んでしまったり、トンネルが塞がったりなどしている。そんな土地を、ポケモンが過ごしやすくなるよう(そしていつか会う人間たちのため)に整えてやる必要がある……のだが、災害によって廃墟化してしまった街の様子は、整えてしまうのが勿体ないほど見事に崩れている。そのため私は、一部の廃墟は廃墟のままにしてポケモンに住んでもらっている。掘り崩して整えるのは簡単だが、エイジングは才能がなければ中々出来ないことだ。あんな廃墟を私は作れない。
また、どうせ整えるならと、思い切った改修を施して遊んでもいた。例えばニョロボンが住むであろうあの道場を改修し、カラテダンスクラブにしてみたり。ポケモンたちは喜んでいるので良かった。そう、今作のポケモンたちは、プレイヤーである私が設置したアイテムに対していちいち反応してくれる。そして常にプレイヤーキャラクターのメタモンを褒めてくれる。これでどうしてやりがいが無くなることがあるだろうか。
他にもサンドボックスゲームならではの探索・発掘の楽しさがあったり、ポケモン図鑑ならではの仕掛けがあったりと、私としてはかなり満足してプレイしていた。
ではここからは、今作におけるネガティブな感想も書いていく。
まず、メタモンへの扱いについて。
メタモンは人間が拵えたプログラムから、自動的に復活させられたポケモンである。彼に課せられた使命は、人間やポケモンが生きてゆくために必要な環境を整えることだ。彼はプログラムとモジャンボに促され、ゲーム内の世界を少しずつキレイにしてゆく。
メタモンはかつて一緒に暮らしていたトレーナーの見た目そっくりに変身し、またモジャンボから人間の話を聞かされ、人間と一緒に暮らしていくための世界を創造し再構築していく。暮らしていく人間の中には当然、かつてのトレーナーも含まれている。
しかし、物語を進めて行くほどに、プレイヤーである私は「ひょっとしてもう人間とメタモンは会えないのではないだろうか」と、不安な気持ちになる。これは恐らくだが、多くのプレイヤーもそうであろう。なぜなら我々は、ゲーム内に残された資料を読んでしまうからだ。その資料にはこの世界で何があったのか、なぜ人間がいなくなりポケモンは眠っていたのかが書かれている。悲観的にならざるを得ないことばかりが、歴史を語るアーカイブとして残されているのだ。
プレイヤーである私の思いとは裏腹に、ポケモンたちは人間に会えると良いねと楽観的なことを話し続け、そしてエンディングではモジャンボが「もうすぐ人間に会える気がする」と予感し、終わる。
ここまでで、メタモンの感情は、一切書かれていない。ここが、私にとって許せない所である。
メタモンは今作で様々なアーカイブに触れるのだが、彼がその内容に触れることは一切無い。あれだけ人間のことを話し続けていたモジャンボに対しても、資料のことを語ったことは無い。彼が何を思って街を作り続けているかが、分からないのだ。
そして最後までメタモンは、人間がどうなったかを知らない。エンディングでロケットが人間らしきものの所にたどり着いたことさえも、知っているのはプレイヤーだけである。大切な人に会えないなら会えないと、ハッキリ知れるわけでもない。何も分からないのだ、彼は。
あのアーカイブも、エンディングも、舞台がかつてのポケットモンスターのイチ地方であることも、プレイヤーを喜ばせるための要素でしかないのだ。メタモンは、生き物が暮らしやすい世界を整えるために存在させられ、その仕事に従事し続けなければいけなかった、そんな彼に報酬も、感情の機微も不要であろうか。
そんなわけがないだろう。メタモンには人間との想い出や繋がりが存在していると、作中の最序盤で描かれており、またアーカイブにもメタモンのトレーナーの日記が遺っている、いやゲーム側が遺している。その中で、人間に会えないという悲しみや苛立ちといった感情の表現、そしてその感情を乗り越えていく様子の描写が一切ない。
これでは彼は本当に「このゲームのため≒プレイヤーのため」に存在している、ただそれだけになる。会えるかどうかは結局分からないけど、これからも街を創っていこう!等というシナリオの収め方をして喜ぶのは、プレイヤーだけであるのだから。
例えプレイヤーの分身となるモノ言わぬキャラクターであったとしても、報酬として世界を救った勇者と称えられることは、往々としてある。なのにも関わらず、一切の表現をメタモンに与えなかった、彼の感情を昇華しなかった。その態度を私は批判する。
何よりも、メタモンは「ポケモンの1匹」である。あの世界で登場する沢山のポケモンたちの感情を書いておきながら、メタモンだけには何も与えないというのは、キャラゲーとしてもズレている。メタモンもキャラクターだ。
そしてもう一つ。それは異常気象の扱いである。
最近のポケットモンスターシリーズの作品は、ポケモンの存在などを除けば、現実の世界に即したもの、つまりはリアルに寄せて作られる傾向がある。そんなゲームの世界の中で今作は、異常気象を持ち出し、それに対してネガティブな意味を付与し、そしてこの令和8年に扱ったのである。重いテーマを持ち出したなとプレイ時の私は感じたものだ。
今作が発売された年の頃には、すでに現実の世界でも様々な異常気象が起こっている。そしてその原因のひとつに人間の活動が関わっているというのは、よほど偏った主義を持っていない限りは、理解していることだろう。人間も他の生き物も住めなくなるという話は、決してゲームの世界だけが抱えていた問題でもないのだ。
しかしその異常気象に対して、今作では語られていない話題が存在する。多くのアーカイブを通しても全く触れられていない点があるのだ。それは、理由だ。そう、人間の活動と異常気象との紐づけが、作中では行われていないのである。
確かにゲーム内での異常気象は、人間の活動が原因では無いのかもしれない。しかし、そうではないとも書いていない。今作は、異常気象によって生き物が苦しめられている様だけを描く。なぜか?プレイヤーの感情と思考を揺さぶるために他ならないではないか。
言い換えれば、異常気象の都合の良いところだけを抽出して、ポケットモンスターというゲームに添加しただけに過ぎない。そして誰も責任をとらないまま、異常気象が収まり世界がまた人間とそれ以外の生き物が生きていく、そんな「モジャンボが望む未来」がやってくる。しかしプレイヤーは分かっているはずだ、その未来の先では、再び異常気象が起こるということを。
不誠実である。そのことを私は批判する。ゲーム内の世界のキャラクターに負荷をかけておきながら、キャラクターの内面を描写することもなければ、この世界で起きたことについての責任を問うこともさせない。ただプレイヤーを満足させるためだけに、あのようなシナリオを作りあげた、その態度を、私は批判している。キャラクターたちは何のために生まれたのだ、あの世界は何のために壊されたのだ。
はーこんなところだな。シナリオ以外は満足してるんだよな、ポケモンは可愛いし、遊びがいも感じるし。でも、シナリオだけ私はどうしても気に入らない。だったらシナリオはうすーく作っておきゃ良かったんだよ、なんでわざわざあんな感じで書くかね。
モジャンボのテキスト周りから「人間が戻ってきても良いように環境を整えよう」という意味合いのテキストを薄くして「ポケモンが住みやすい世界を作ろう」という意味合いを濃くしていったその流れも、私は見てるからな。それはプレイヤーへの目的意識の変化を促してるだろ。うまいな。不誠実だ。
あとは……なんて言うんだろうな?ゲーム内のありとあらゆる事象を現実世界に即して描くのは、別にちゃんとしてくれるなら良いのよ。ちゃんとしてくれるなら。でもそれが中途半端だと、嫌なんだよなー。別にとことん作り込めよって言いたいんじゃないんだ、ただリアル方面に話を持っていくなら、その美味しいところだけ使って他ほっとくってのは、ある意味リアルからは真逆の方向に舵切ってない?って思うんだよ。真逆ってのはファンタジーって話じゃあない。子供だましって言うんだ。
以上。ぽこポケは遊んでて面白かったんで、私の機嫌が治ってからまた遊びます。チャオ。